So-net無料ブログ作成
検索選択
消えゆく遊郭跡 ブログトップ

大崎上島の木江遊郭跡 [消えゆく遊郭跡]

登泉堂の氷イチゴの余韻にひたりつつ、今治港から高速艇で大崎上島(おおさきかみじま)木江(きのえ)地区の遊郭跡を見に行く。

木江はかつて風待ち潮待ちの港として、また造船の町として、たいそう繁栄していたらしい。深い入り江となった港は天然のドックとして利用され、最盛期の大正時代には25もの造船所があったという。また、九州から京阪神に向けて石炭を運ぶ船に水や食料を補給する港としても重要だった。

しまなみ海道のルートからはずれ、今や瀬戸内海で最大の離島となってしまった大崎上島も、昔は海上輸送の拠点であったわけで、島には似つかわしくないほどの大規模な遊郭跡が残っていても何ら不思議はないのだ。すぐ南にある大崎下島(おおさきしもじま)の御手洗(みたらい)ともども隆盛を極めていたらしい。

港から少し北に歩くと、左側に細い路地がずっと伸びているのが見える。そこが遊郭跡だった。

KINOE 1.JPG
KINOE 2.JPG
KINOE 3.JPG
KINOE 4.JPG
KINOE 5.JPG

明治から大正にかけての建物のようだが、木造三階建があちこちに残っていて、当時の船大工たちの技術の高さを物語っている。港の近くには木造五階建の家さえあるのだ。彼らが腕を競って施した細工の数々を観賞するのは、妓楼建築探索の最大の楽しみだ。

KINOE 6.JPG
KINOE 7.JPG
KINOE 8.JPG
KINOE 9.JPG
KINOE 10.JPG
KINOE 13.JPG
KINOE 14.JPG
KINOE 15.JPG

そして、ここにも「特飲」の青いプレートが。ここはもう広島県なのか。
KINOE 12.JPG

石でできた防火用の貯水槽、これも遊郭には必ず置いてある。
KINOE 11.JPG
nice!(2)  コメント(2)  トラックバック(0) 
共通テーマ:日記・雑感
消えゆく遊郭跡 ブログトップ

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。

×

この広告は1年以上新しい記事の更新がないブログに表示されております。